「ワーキングプア(働く貧困層)」。何ともイヤな表現である。「働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできない人たち」と定義されている。全世帯の10分の1、400万世帯以上いるといわれているが、実態をつかんでいる機関はないという。先月「NHKスペシャル」でこのテーマの番組を見た。想像を超える現状に胸が詰まる思いがした。
「若者のワーキングプア」については、これからの経済社会を担うべき重要な人材であるにもかかわらず、会社は人件費を削るため、正社員の採用を抑える傾向が依然続いているようである。パートやアルバイト、派遣など非正規雇用は1600万人、労働者の3人に1人が該当するといわれる(2005年)。先日発表された厚生労働省の労働経済白書(2006年版)でも、非正規雇用の割合は20から24歳で最も高く、31.8%にのぼるという。非正規雇用では、いくら働いても給与は伸びず、技術もなかなか身に付かない。短期の契約では当然職を転々とせざるを得ない。
先日、こどもを連れて田舎(信州)に帰った時も兄とこの話題になった。兄の家庭には現在「大学」に通う2人のこどもがいるが、就職活動は依然厳しいようで、「ちゃんと就職することができるかどうか」がやはり最大の心配事であった。「今は教育費で家計は目一杯だが、社会に出てからも援助が必要になるのではないかと」と新たな心配が起こっているようである。従来は、こどもの教育費のメドがついたら「自分たち(親)の老後資金の準備の時期」といわれていたが、こどもの就労状況次第では、親の生活自体も脅かされることになりかねない。でも、これからは、スネをかじられるほどの余裕も親にはない。
「なぜこんな状態になってしまったのか」・・・。やはり「企業」と「政府」の責任は大きいと思う。人件費の削減は短期的には効果的でも、やはり将来を担う人材をしっかり確保して育てていくのは企業の役割、責任だといえる。バブルの時は大量採用し、その後の景気低迷では正社員を解雇したり、雇用の門戸を閉ざしてしまう・・・。理屈は分かるが、あまりにも「企業勝手」のような気がしてならない。「労働は人が行っている」ということと「その先には生活を営んでいる家庭がある」といった基本的なことを忘れないで欲しいものである。正社員は人件費も高いが、企業内の給与体系の見直しやワークシェアなど、全体的に調整を行うなどをして、正規雇用の枠はしっかり確保して欲しいものである。
自身のことを振り返ってみると、私が就職したときは、たまたま売り手市場の時であり、希望の会社に入社できるかはともかく、正社員となることは難しくない時代であった。私は大学を卒業して日本初の独立系のFP会社に勤めることになったが、その企業はそれまで、金融関連経験者の中途採用しか行っていなかった。それが、何の専門知識もない新卒の私を雇い入れ育ててくれた。当時は、人を雇用できる比較的余裕のある経営状態であったことは事実だろうが、それ以上に「新人を育成しよう」という、懐の深い会社であった。
「雇用」の問題はそれだけでは済まないから根が深い。仕事に就くことができない、仕事に就けても収入が少なく生活ができない・・・。雇用や収入が不安定な状況であれば、心理的に不安な状況が続くことになる。そんな状態が続けば、心も荒んでしまう。労働経済白書では、「収入の低さと不安定な雇用が結婚をためらわせ、少子化の一因となっている」と指摘しているが、「少子化」のほかにも、「所得格差」により「教育格差」が生じたり、「自殺者」や「治安」の問題にもつながってこよう。
国の対応も相変わらず後手後手である。政策を決める側はしっかり現場におりてきて、現実を直視し、今すぐしなければならないこと、長い目でしなければならないことを見据えて、柔軟に対応して欲しいものである。財源がないのは分かるが、無駄を省き、限られた財源の中で優先順位を付けて「大切にしているもの」にお金を掛けるのは一般の家庭でも同じである。消費税のアップも避けられないと思われるが、これらの財源は、若者や社会的に立場の弱い人を支援する財源に充てられることを切に願う。国が大切にしたいものはいったい何であろうか?このままでは、日本の未来は本当に危うい。
私はFPとしてさまざまな相談を受けているが、個人においてはそれが「保険の見直し」や「住宅ローン」、「資金運用」、「家計の見直し」などであったりする。でもそれとは違う次元の悩みを抱えている「ワーキングプア(働く貧困層)」という人たちがかなりの割合でいて、増え続けている現実を知っておかねばならないと感じた。彼らはその日の生活が精一杯で、運用するお金などまるでなく、保険も掛けらない。ホームレスを強いられる人たちすらいるのだ。エフピーワース・永田忠則