日  誌
2006年7月K
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第22回高尾山にトンネルを掘らせない
集会と天狗のパレード
7月23日(日)正午より 雨天決行
会場=裏高尾ジャンクション予定地内梅林
高尾駅近くに天狗のお迎え。天狗のバス・ガイドで会場へ
まずはハネやん弁当で昼食
トコロテンを売りにきたので・・・チュルルン
どっかで見た顔の人が
「基地はいらない」お買い上げ
集会プログラム
司会:遠藤和生・米山知恵
○トランペット/開会ファンファーレ:松平 晃
○実行委員長挨拶:吉潭常雄
○国史跡八王子城の報告/八王子市議会議員の紹介:米田徳治
第1部(12:15頃)    〕
    ○パネルディスカッション「高尾山にトンネルを掘らせない」
     コーディネーター/橋本良仁(高尾山の自然をまもる市民の会)
     パネラー/小泉武栄(東京学芸大学教授)
              鈴木具博(高尾山天狗裁判弁護団長)
              田中四郎(地権者の会・むさゝび党)
              米田徳治(国史跡八王子城とオオタカを守る会)
              吉山 寛(高尾山天狗裁判原告団長)
○新原告募集:新井洋子(高尾山天狗裁判原告団副団長)
新のぼり お披露目:吉澤常雄さん
仲間たち紹介:首都圏道路問題連絡会
わが外環道・青梅街道インターチェンジ絶対反対のノボリ旗もありました 第2部・アトラクション
琴と尺八  邦楽・花しょうぶ
吉澤常雄さんから外環道反対署名をいただきました ギター   小川和隆さん
高尾山音頭 虔十の会+つの犬
実行委の人に無理を言って、飛び入り出演で「命を海」を歌わせてもらいました。スイマセンでした
辺野古缶バッチのお買い上げ 合唱 絹の道合唱団
高尾山宣言 峰尾幸雄さん(裏高尾圈央道反対同盟)
今こそ人々の力を集結して
  2006年7月23日 第22回 天狗集会実行委 吉澤 常雄
 私たちが“圏央道から高尾山を守ろう”と連動を開始して、今年で22年目になります。
 歴史の面影を残し、豊かな自然の中で静かに暮らしていた裏高尾の住民が圏央道計画を突然知らされたのは1985年のことでした。

 中央道の建設で道路公害の影響を身をもって体験している人々は、直ちに《裏高尾圏央道反対同盟》を結成して、自分たちの生活環境を守る連動に立ち上がりました。

 運動の輪は大きく広がり、ムダで有害な公共事業を糾弾し、《やま〜かわ〜うみ〜そら》を守る運動として、日本各地の人々と連帯の絆を強めてまいりました。しかし、今年4月、国はついに高尾山本体にトンネルを掘る事業認定にゴーサインを出しました。ここに、高尾山を守る闘いの正念場を迎えるに至りりました。まさに、22年間にわたる運動の総仕上げのときです。今こそ多くの皆さんが結集して、力強いエネルギーをもって圏央道計画を粉砕しようではありませんか!

 時あたかも、高尾山の北・国史跡八王子城跡では、何百年も涸れることのなかった御主殿の滝が、トンネルエ事の影響で水涸れをしてしまいました。私たちの粘り強い追求で、国側も水涸れの原因がトンネルエ事であることを認めざるを得なくなりました。私たちは、水涸れの原因が究明され、水涸れを防ぐ工事方法が確立されるまでトンネルエ事を中止するよう国・事業者に申し入れをしました。
           
 一方、文化財を管理する八王子市の教育委員会も、国の史跡である御主殿の滝の水涸れを重く受け止め、国に対して滝の水を元に戻すよう要請しました。八王子城跡より更に地質が脆弱な高尾山にトンネルを涸れば、たちまち水抜けがおこり、修行の滝・琵琶滝や蛇滝の水涸れはもとより、山中の多くの沢も干上がり、やがて、高尾山全体の乾燥化が進んで、自然が豊かな高尾山、霊気に満ちた高尾山はなくなってしまいます。国は莫大な税金を使って、千数百年もの間、先人たちが守ってきた高尾山の自然・文化を破壊しようとしているのです。

 本年3月の国会で国土交通省は自ら《コンパクト・シティー》なる構想を示し、時間とエネルギーの無駄が多い郊外型の商業施設を見直し、高齢化社会に対応するよう、身近な生活圏の充実を図り、不要な道路建設は中止するべきだと答弁していました。

 時代は確実に変化しています。しかるに、計画策定から半世紀近くが経過している今、100年先の構想も示されないまま、事業だけが独り歩きをしています。

 この集会が終わった3日後の7月26 ・ 27日には裏高尾、南浅川にある私たちのトラスト地の立ち入り調査が行われようとしています。

 平成16年に施行された新土地収用法では、収用手続きに入る前に、権利者が充分に納得するよう、事業者は説明責任を果たし、合意形成を得るように義務づけています。私たちは説明責任を果たすよう再三にわたって要求してまいりました。しかし、国・事業者は法の精神を無視した手続きを従来通り進めているのが現状です。

 責重な自然を破壊する恐れ、地元住民の生活環境の悪化、そして、事業者側の欺瞞に満ちた数々の言動などを明らかにし、圏央道計画がいかに不要なものかを人々に理解してもらい、世論の喚起を促すために、私たちは現在三つの裁判を行っています。

 この裁判における重要な論点のうち、裏高尾地域の大気汚染の予測の仕方については、私たちの主張に対して国はまともな釈明が出来ず、また、八王子城跡トンネル工事による沢涸れについても、明確な答弁が出来ないなど、これからの裁判の経過が大いに注目されます。

 裁判闘争と並んで世論を代弁する手段として署名活動があります。 1998年開始以来署名の総数は41万筆を超え、その都度裁判所にも提出しています。

 今年の集会は新しい会場になりました。これは、強制収用のため昨年までの会場での開催が不可能になったためです。長い間、私だちと一緒に闘ってきた地主さんには、心からお礼を申し上げます。

 22年に及ぶ“高尾山にトンネルを掘らせない”運動はいよいよ正念場を迎えました。本日お集まりの皆さんはもとより、高尾山を愛する多くの皆さん、連帯の輪を広げて、悔いのないよう闘い抜こうではありませんか!
40分ほど歩いて甲州街道に出て…
このアドバルーンの高さに巨大なジャンクションを作ろうと画策しています
道が広くなったところからデモ・スタート
これは ↑ 去年の写真
    これは ↑ 今年の写真。天狗が2体登場しました
♪高尾山を守ろう ♪トンネルを掘らせないぞ! ♪立ち入り調査は許さない!   
デモの人も大盛り上がり 住民の人も大盛り上がり 女子高校生も大盛り上がり
田中哲朗さんが歌う沖電気前 通過
コールのお礼に酒蒸し饅頭の差入れ
三鷹に戻り夕食
トンカツに ソースを掛けて いただきます
うん、うんめ〜ぇ

7月22日(土)
昼食はオムレツ サラダ
川崎から来たお客さんがまよなかしんや
さんのCDをお買い上げ
近くのビルで丸木俊さんの個展をやっていました
夕食、鰻チラシ。

フルーツ・トマト、

焼き厚揚げ、

朝採れトウモロコシ、

浅利の味噌汁

第22回高尾山にトンネルを掘らせない
集会と天狗のパレード
7月23日(日)正午より 雨天決行
会場=裏高尾ジャンクション予定地内梅林
会場行き専用バス運行=高尾駅北口発10時〜13時
模擬店多数天狗のパレード=16時会場出発協力券発売中
主催=裏高尾圏央道反対同盟
事務局=高尾山の自然をまもる市民の会内
7・29総会に結集下さい!
皆さんへ、

動労千葉は、7月20日に開催された総決起集会において、基地統廃合による組織破壊攻撃、事故責任の運転士への転嫁と職場規律強化へのすり替えを絶対に許さず、反合・運転保安闘争の一層の強化と組織拡大をもってこの攻撃に応えて行くことを宣言しました。そしてこの闘いの渦中から、今秋11・5の1万人結集の実現に向け、全国の労働者へ熱い檄を飛ばしています。

館山運転区・木更津支区廃止/木更津運輸区新設は、動労千葉が多数を占める拠点職場の解体攻撃であり、分割・民営化以来最大の組織攻防戦となりました。またこの攻撃は、内房線・君津以南をローカル線として切り捨て、駅の無人化・外注化をトコトン推し進める、文字通りの第2の分割・民営化攻撃です。 JR当局が叫ぶ「合理化・効率化」は、鉄道の公共性 をより一層解体することと同義であり、システムとしての鉄道の安全を日々激しく解体しています。

また幕張車輌センターでは、25人もの職制が張り付いて「職場実態調査」を強行し、それを基に連日「職場規律強化」を大声でわめき散らすというとんでもない攻撃が展開されています。安全には見向きもせず組合破壊を狙うこの許しがたい攻撃に対し、動労千葉は職場の団結を武器にして、硬軟使い分けながら縦横無尽に闘い抜いています。

1982年、「カラスの鳴かない日はあっても・・」とまで言われた「職場規律の確立」の攻撃が、「緊急11項目」という形で全ての国鉄労働者に対して吹き荒れました。今この時に、動労千葉に焦点を絞り込んで、同じ質の攻撃が仕掛けられていることに、私たちは危機感を新たにせねばなりません。

「動労千葉を支援し、動労千葉のように闘う」ということの内実があらためて問われています。
7月29日(土)に開催される「動労千葉を支援する会2006年定期総会」に、万難を排して結集下さい。よろしくお願い致します。

日時:7月29日(土)13:00〜
場所:DC会館

「支援する会」事務局
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動労千葉を支援する会
住所: 千葉市中央区要町2−8 DC会館
電話: 043(202)7820
Eメイル: dc-info@deluxe.ocn.ne.jp
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